「よくぞ気付いて下さいました!あなたは何でも分かっちゃうんだなぁ!で、単刀直入にお聞きしますが...この子はその...おいくらですか?」
そうと決まるとがらりと態度を変えて、逆に私の方がヘイコラと店主の様子を恐る恐る伺う体たらくになってしまった。そんな私の質問に店主はグイっと顔を近づけてきてニヤッと笑ってからこう言った。
「私がいつ売ると言いましたか?お金なんかいりません!どうぞお迎えしてくだせぇ~な旦那!」
「えっ!じゃあタダで譲って下さるってことですか?いや、これは一体どういう風の吹き回しで?何か事情があるのではないですか?」
私の声が大きかったのか店主の後ろのサルがキーキー喚きだしたので、店主はポケットからバナナを1本取り出してサルに与えはじめた。サルはすぐに泣き止んで餌のバナナを夢中で齧り続けていた。
「事情も事情、大事情ですよ!旦那にだけはお話しますがね、この子は先日・・・そう先日の大雨の日です!うちの店の玄関前に言葉通り捨てられたいたんですよ!うん、本当に捨てられていたんだ!段ボールに入れられていて、一応バスタオルで包まれてはいたが、私はてっきり捨て子だと思いましたよ。だってね、旦那、見るからに幼い子供じゃないですか!人間の子供が捨てられているだなんて、そんな物騒な世界に生きているだなんて思ってもみないですよ。もちろんニュースではコインロッカーに赤子を捨てる親なんかが報じられていますがな...テレビの前の人間はそんなの本気にはしませんさね。旦那だってそうでしょう?誰もこんな物騒で暗い世の中に住んでいるなんて思いたくありませんからね!どうせ自分には関係ないと思っているし、どこか外国か異世界の出来事かなんかだと無関心なんだ。近くで火事があったってうちにまでは及ばないと決め込んでる。そのくせ野次馬には顔を出すんだから、世の中の不幸を見世物か何かだと思ってるんでさ。私もそうだし、旦那だってきっとそうでしょう?」
「いや、うんそうかもしれませんけど...一体何の話ですか?あなたは全然全く関係のない話をしているよ!この子が捨てられてて、それでどうしたんです?」
また後ろのサルが泣き始めた。店主は満面の笑みで「よーしよしよし」とまたバナナを1本あげてサルを落ち着かせた。見たところ本当に動物が好きなようだった。
「そうなんです。この子が段ボールの中でバスタオルに包まれてましてね。周りに誰もいないのを見てとるとすぐさまこの子を店の中に連れて行きましたよ。店内の明かりの下でこのバスタオルをとると、あれまあ可愛らしい女の子じゃないですか!私はまるで竹取の翁にでもなった気分でしたよ。ブロンドの髪は神々しく輝いて、エメラルドグリーンの瞳は透き通るようで私の事を見つめているではありませんか!しかし、やはり妙なのがこの子についている長く垂れた耳とフワフワの尻尾ですな。これは作り物じゃあございません。正真正銘この子から生えとるもんでさ!ところで旦那はこの子をどうお思いですか?」
「どうというと?」
「人間だと思いますか?それとも何か実験で生まれた別種の生き物だと・・・」
それは極めて確信をついた質問だった。そう改まって聞かれると私には何も明確な答えを出せる自信がなかった。というより、たとえ答えがあるにしろ、仮にこの子を人間だと断じたらこの子を貰ってもいいものなのか分からなかった。この子が人間だとして、例えば某有名日常系漫画の『よ〇ばと』のように勝手に連れて帰って一緒に住まわしていいものなのか。自分の事を『とうちゃん』とか呼ばせてみたとして、それは明らかに”略取誘拐罪”とか”拉致監禁”とかレッテルを張られる類のものであって、現実的にはありえない、漫画の世界だけの話だった。
ではこの子を人間ではない別種の動物だとしたら?それでもひな型に人間という種族が混じっていることは見た目からも明確な事実のように思えた。子宮の段階で抽出されて、何か細胞をいじられて、犬かなにの遺伝子を組み込まれて・・・といったSFちっくな、しかし現代の科学でなら十分ありえそうな類の生き物が目の前にいるのだ。この子が人間であれ動物人間であれ、何であれ、店主の質問はわたしに”お迎え”の選択肢を与えないものだった。倫理的に完全に私はこの子をお迎え出来ないことが事実だった。
「ちょっと意地悪な質問をしてしまいましたかな?」
私が返答に困っていると店主は後ろのサルを籠から出して手に乗せて愛撫し始めた。
「旦那はやさしいお方だから、この子を連れて帰ることに後ろめたさを感じているのでしょう?だって、ひょっとしたら、人間かもしれませんからね!いやでもね旦那、そんなことはないのですよ!この子は列記とした正真正銘の動物です。このサルと同じサルの仲間です!私が保証しますでさ!」
とはいうものの、店主が動物だと言っても、それが一体なんだというのか私には疑問だった。生物学的に人間でないとして、それで本当に飼って良いのだろうか。それに店主の『保証』というのも口だけのいい加減なものに思えた。
「いや、でもですよ?もう言ってしまえばこの子はもう、ほぼ人間じゃないですか!耳が生えていようが尻尾があろうが、やっぱり猿なんかではなし、人間そっくりなんだ!ほぼ人間はもはや人間なんだ!そうでしょう?これもうアウトですよね!?」
すると店主は『やれやれ』といった具合に肩を落とし、優しくサルを撫でてから籠に戻した。
「動物だの人間だの、それが何だっていうんですかねえ。言ってしまえば人間だって動物でしょう?では人間と動物を隔てるものは何か、、、人は言うでしょう、それは知性だと!イルカは賢いから保護すべきだと動物保護団体は言いますがね、私にとってはちゃんちゃら可笑しい話ですよ。じゃあ、頭の悪い生き物はないがしろにして良いでしょうか?違います!それこそ差別だ!人間の傲慢ですよ!」
やさしい態度から一変して荒々しく論じ始めた。店主の動物愛がそうさせるのか、単なるセールストークの一環なのか、判断がつきかねた。私はだまって店主の興奮がおさまるまで、言うだけ言わせておこうと思った。
「人間だから手懐けてはいけないとか、知性があるからとか、そういうことじゃないんです!結局のところ個対個の関係性なんです、種族何か関係ない!ペットというのはもう太古の昔からおりましたよ。その目的というのも別に乳欲しさじゃない、つまるところ愛着ですよ!可愛いから飼うのです!猫の乳を飲みますか?一日中ゴロゴロして何の役にたつっていうんですか!まあ昔はネズミ捕りくらいの役には立ってたでしょうがね。じゃあ、一体どうして猫を飼うのか、それはもう愛ですよ!可愛いからですよ!旦那もまさかこの子を食べようとは思わないでしょう?」
「とととんでもない!こんな可愛い子を煮て焼いて食おうだなんて!」
「へへへ、何も火を通せとは言ってませんさね!けけけけ!」
店主は不気味に笑って話を続けた。
「可愛いから飼うのですよ旦那!そこへ来て動物だの人間だのナンセンスですぜ!旦那はまじめだから世間の倫理とかが邪魔しているんでさ。仮にこの子が人間だったからどうなんです!可愛がっていたサルが後から人間だと判明した。それで手放せるもんですか?違うでしょう?」
なんだか店主の話を聞いていたら頭がボーっとしてきて正常な判断が出来なくなってきていた。脳が糖分を欲した私はオリの中のサルが食べているバナナを眺めて、「私にも一本恵んで下さいな」と言ってみたくなった。
すると、バナナにかじりつくサルに見惚れているそんな私を見て店主が身を乗り出して
「そうそうこの子(サル)はインドネシアで見つかった新種のサルでしてね。うちには絶滅危惧種のサルも何匹かおりますが、この子はどうやら全くの新種らしいでさ。まあ、何で私が持ってるかっていうと連れて帰ったんでさ。インドネシアに行ったときにスーツケースに入れてね。それはもう可愛かったからね!一目惚れでさ!それ以外に理由がありますか?何かを手に入れることに!私はこの店をもちろん生きるためにやってますよ。でもね旦那。本当に好きなものには1円たりとも値段は付けないたちなんでさ。この子は売り物なんかじゃあないってね!だからですね、、、」
といってクルっと向きを変え、その未知なる生物、サルではないが、では一体何なのか分からない可愛い生き物を指さして、
「この子に相応しいと思った人が見つかれば、私は喜んでその人に譲ってあげるつもりです!お金なんか取らない。ふさわしいご主人のもとへ帰してやる気持ちですな。」
「そこへきて私がこの子に相応しい主人だと?」
「ええ!そうです!ぜひお迎えしてくだせぇな!」
と言って店主が私に抱きつかんばかりに迫ってきたのを、咄嗟に手で制止した。
「いや、待ってください!そう言って下さるのはありがたいですけど、貰われたほうはどうするんです!人間なのか何なのかも分からない生き物を譲り受けて、警察に捕まったらどうするんですか!」
「そのことでしたらご安心を!安心キットをお付けしますから!」
「何ですかその『安心キット』って!?」